2016.8.7メッセージ導入
宣教題「聖書における老い」
聖書箇所 ヨエル3章1〜5節
聖書は、神が世界と人間を創造され、人間は神によって生命ある人格的存在になったということを明確に述べています。人間にとって、生の根拠はここにあります。しかし、聖書は人間の存在を手離しで謳歌しているのではありません。ヨブ記はヨブが自分の生まれたことを呪うことば(ヨブ3・3)を記録しており、エレミヤも自分の出生を呪うようなことば(エレ15・10)を語っています。それにもかかわらず、聖書は、だから人生に希望がないとは言わず、むしろ「死んではならない」という戒めがないほどに、聖書では、創造され、生かされている人間が、生きることの意味は自明のことであるとしている事実を、わたしたちは忘れてはならないでしょう。
イエスは肉の人間、自然の人間は、生まれ、成長し、老い、死んで行くのであるが、その人間が、「死人を生かし、無から有を呼び出す神の力」によって、すなわち、霊の力によって新生することを語っておられます。イエスをキリストと信じ告白するバプテスマを通し、人は新しく生まれ変わり、永遠の神の国に希望をもって生きる者に変えられるという信仰によって、人は老いの苦しみや死の絶望を越えて生きる希望を与えられるというのです。