2017.5.14メッセージ導入

宣教題「一つの体になるために」

聖書箇所 Ⅰコリント12:12〜26
皆さんは、洗礼、バプテスト教会では、バプテスマ、浸礼と呼ぶ儀式を見たことがあるでしょうか。私たちの教会は、幼児洗礼をせず、自分でイエスを救い主だと告白するとき、バプテスマを行います。そのバプテスマは、ご自宅の浴槽より大きなものに、水を入れ、その水の中に、頭まで入ります。なぜその様な事をするかと言いますと、イエスと共に死んで、そして共に復活するということを象徴するものとして、行われるのです。バプテスマは、今までの生き様を変換するために、一度死んで、新たに始めるということになります。

その後、私たちは教会員になるのですが、そこがゴールになっているわけではありません。バプテスマを受けた後、どのように歩んでいくのか。人にとって、何が大切なのか、聖書から聴いてみたいと思います。